腸内環境

過敵性腸症候群(以前は過敏性大腸炎とよばれていた)

一日に何度、トイレに通うことか、数えきれない。便意をもよおし、トイレに駆け込むが、いくらたってもウンチは出ない。けれど、トイレを出るとまた便意をもよおし、すぐまたトイレに逆戻り。そうしたことを繰り返す。大腸のX線造形検査や尿検査をしても何の異常もない。

「過敏性腸症候群ですね。ストレスがたまっているのでしょう」

といわれるだけ。ことがことだけに、人にはいえない。わかってもらえないつらさを嘆くひまもなく、またトイレに直行する……。

過敏性腸症候群は、精神的な不安や緊張などがもとで自律神経系に乱れを生じた結果、腸の運動や分泌機能が過致になって、便通異常を起こす病気だ。特徴は、下痢や便秘を繰り返す。腸そのものに炎症などの器質的な異常はなく、精神的な影響による症状がみられる。以前は、過敏性大腸炎といわれていたが、大腸だけでなく、胃にも小腸にも機能異常がみられるので、過敏性腸症候群と呼ばれるようになった。 


腸内細菌が引きおこす病気

1970年代はじめに、日本で「腸内フローラ(細菌叢)と大腸がん」というシンポジウムが光岡知足博士をコンビナーとして開かれた。そのときに、ある先上からいわれた言葉を、今でも忘れることができない。

「腸内細菌とがんが関係するだって!・ 光岡さん、そう、がんがんいいなさるなよ」

「腸内細菌ががんの原因とは明言できない」

そのころ日本では、がんと腸内細菌との関係には、かなり慎重な態度がとられていたのだ。

たしかに、そのころの研究では、がんの原因と考えられる細菌を特定することはできなかった。しかし現在は、発がんを促進する物質に関与する菌種の種類もわかってきている。

腸内細菌は、腸管に直接障害を与える場合と、血流を介して全身に回り、全身疾患をおこす場合とがある。どの腸内細菌がそれぞれの病気を引きおこす原因であるかの特定はまだできていないが、がんを誘発する中間物質をつくり出す菌の解明は少しずつではあるが進んできているのだ。

ヒトは、微生物との関係で命を維持している。熱が出た、疲れたという症状なども、腸の環境を整えることで熱を下げることもある。「かぜが腸にくる」という言葉もあるが、かぜの菌が腸管にきて、さらに交感神経に影響を与えて、全身にその影響がお上ぶとも考えられる。腸ほど敏感な臓器はないのだ。

また、現代の三大死因といわれるがん、心臓病、脳卒中のすべてに腸内細菌が関与しているなど、思いもしない人々がほとんどだろうと思う。研究者の私でさえ、コレステロールとの関連から、心臓病や脳卒中にも腸内細菌が関与していると指摘できるようになったのは、ここ1~2年なのだ。こうした指摘も、腸内細菌叢の全容が分子生物学的手法でわかってきたからなのだ。もしかしたら、すべての病気に腸内細菌叢の変化が反映しているかもしれない。直接的な原因であれ、間接的な影響であれ、やはり、腸内細菌叢の変化は、これからの医療になくてはならない視点となるだろう。

がん

まず、この10年で2倍に増えたといわれる大腸がん。日本人の食生活の欧米化に上って、高脂肪・高たんぱく質の食事になり、食物繊維が少なくなったことが増加の理由だ。食生活の変化と大腸がんの増加に相関がある。とくに、脂肪の摂取量が多ければ多いほど、大腸がんによる死亡率は高くなる。

大腸をはじめとする消化管は体の中にある。けれど、消化管はすべて外界と通じている器官でもある。外界から入る食べ物は口から入り、食道、胃、小腸、大腸を通って排泄されるが、食物の通り道は、常に外界と接している。消化管は、体の外から入ったさまざまな物質が、細胞に直接作用している場所でもあるのだ。食生活の影響を直接的に受けることが、食事の変化に上る病気の増加につながっているといえる。しかし、大腸がんがおこるメカニズムは、まだまだ解明されていない。

これまで多くの研究者によって、大腸がんの原因となる腸内細菌を見出そうとする試みがなされてきた。イギリスのヒルらは、すでに1971年に、大腸がんになる率が高い地域の人たちの腸管には、バクテロイデスやビフィズス菌が多く、一方、低い地域の人たちからは、ストレプトコッカス(乳酸球菌)が多く検出されると報告していた。またムーアらは一九八一年に、伝統的な日本食をとると、ビフィズス菌や無害菌・日和見菌といわれるバクテロイデスやユーパクテリウムが優勢になり、さらに、高脂肪食を常食している都市部のカナダ人と高脂肪食の日本人、伝統的な日本食を食べている農村部の日本人を比較したところ、カナダ人と都市部の日本人にはビフィズス菌の中のアドレッセンティス菌が激減し、バクテロイデスが増えるとの結果を出していた。

私自身も、高脂肪・高たんぱく食をとっている人の腸内細菌叢を調べ、バクテロイデスやビフィズス菌、嫌気性球菌、乳酸菌が少なく、適脂肪・適たんぱく食の場合は、有用菌であるエンテロコッカスや日和見菌であるスタフィロコッカスが多いことがわかった。高脂肪・高たんぱく食と大腸がんには関係があり、大腸内でビフノズス菌やバクテロイデス、ユーバクテリウムが変動しているのだ。

これまでの培養法によっては、大腸がんの発症に関する特定の菌種や菌株は見つけることができなかった。しかし、培養困難な腸内細菌の構造解析により、特定の菌種(群)・菌株(群)を見出すことが可能になってくるだろう。

そこで、最新の研究をご紹介しよう。

大腸がんについては現在のところ、高脂肪食の人の便の中に発がん物質かおり、その一つである2次胆汁酸が、発がんの促進因子(プロモーター)になるといわれている。何かプロモーターであるのか、それを決定することはむずかしいし、さまざまにからみ合ったプロモーターをつくり出す原因を探ることもまた大変だ。そうした中で、二次胆汁酸をつくる原因がわかってきた。これは画期的なことだ。しかも、関与している細菌が特定されたのだ。

まず、脂肪が胆汁酸によって分解され、脂肪酸とグリセリンになる。それが腸管循環といって、回腸未端から吸収され、二割が大腸に戻る。そのさい、一次胆汁酸が二次胆汁酸になるが、二次胆汁酸ががんを促進している誘導物質になるのだ。なぜ、二次胆汁酸ができるかは、いろいろ調べられてきたが、わがらなかった。しかし、最新の解析方法によって、2次胆汁酸をつくる腸内細菌が特定された。

それらは、クロストリジウム(以下C)・シンデンス、C・ハイレモンアエ、C・ヒラノーニス、C・パイフェルメンタンス、C・ゾルデリー、C・レプッムの六種類の菌種だ。

このうちもっとも活性のあるC・シンデンス、C・ハイレモンアエ、C・ヒラノーニスの3つは、私たちが解明したものだ。細菌の遺伝子をふん便から取り出して、大腸菌に組み込んで発現させる検証をした。現在は、胆汁酸の組成との菌種の関連11たとえば、脂肪を付加した場合や胆石症状の場合に、大腸がん患者の細菌と胆汁酸との関係がどのように変化するかを調べている。

先日、あるシンポジウムで女優のNさんと同席したとき、「三年前に息子を亡くし、5年前に大腸がんになった」という話を聞いた。

大腸がんの発上は、およそI〇年前の食生活やライフスタイル、ストレスが原因となっているといわれている。Nさんの場合も、日ごろ肉中心の食事をしていたところに息子さんを亡くされ、極度のストレスが重なって体の免疫力の低下も加わって大腸がんがおこったと考えられる。

今、かたよった食事をしているオヤジ世代の50代前半は、あと10年たったら、どうなるか。大腸がんが増えることは、残念ながら否定できない。

次に、乳がんをみてみよう。乳がんの死亡率と動物性タンパク質の摂取量には、正の相関性があるといれれてきた。これまでは、脂肪を多くとることによって脂肪の皮下脂肪が増加し、脂肪に溶けやすいがんの原因となる物質がつきやすくなるといわれてきた。

また、女性ホルモンであるエストロゲンの面から、腸内細菌と乳がんの関係が研究されてきた。エストロゲンは、肝臓で硫酸と結合したのち、不活性の状態で胆汁中に出される。胆汁は、腸管で再度吸収されて肝臓に戻る。高脂肪食であれば、エストロゲンをつくり出す細菌の代謝が活発になり、エストロゲンが多くつくられる。腸内細菌によって女性ホルモンの生成が促進されると、乳がんの発上や促進となんらかの関係を示すといわれているのだ。乳がんの発上と女性ホルモンとのメカニズムはまだ解明されていないが、腸内細菌がかかわっていることは事実だ。

さらに、肝臓がんの発上には、アフラトキシンなどのカビ毒や体内でできるNIニトロッ化合物が強力な誘発物質として考えられている。そのN~一トロソ化合物が変化してできるNIニトロソジメチルアミンを、腸内細菌はごく簡単につくり出している。肝臓がんの発上には腸内細菌による代謝物質が関与しているということで、この方面の研究は今後ますます進んでいくだろう。

肺がんの発生は、タバコの成分など、外から入ってきた発がん物質の作用が大きいが、やはり、N‐ニトロソ化合物の影響も大きく、細菌がっくり出すジメチルアミンの肺がんへの影響は無視できない。そのほか、子宮がん、膀胱がん、すい臓がんなどとも、腸内細菌は深い関係があるとの報告がなされている。

「大腸がんと腸内細菌とが関係することはわかるが、なぜ、大腸と直接かかわっていない部位のがんまで、腸内細菌と関連があるの?」

と、不思議に思う人もいるかもしれない。が、腸内の細菌や細菌がっくり出す代謝物は、血液を通って全身を回っている。そのため、腸内だけでなく、全身にどこでも腸内細菌の影響はおよんでいるのだ。 


現代の食事が腸内細菌を変える

食事が腸内細菌叢に影響をおよぽしていることが指摘されはじめたのは、がんの発症部位の変化によるところが大きい。一九六〇年代まで、国や地域に上って、がんの発症部位についてのおおよその特徴がみられた。欧米では大腸がんや乳がんが多く、日本では胃がんが多い傾向にあっ
た。前述したように、日本の東北地方の人たちやアメリカに移住したI世には胃がんが多く、2世、三世には大腸がんが多いとの疫学調査もある。現在では、大腸がんや結腸がんが多いアメリカでも、一九二〇年代までは胃がんが多かった。

また、教義により、禁酒・禁煙で、肉・魚・卵など動物性たんぱく質をいっさいとらないベジタリアンであるSDA(セブンスーデイーアドベンティスト)のがんの死亡率は、一般のアメリカ人とくらべると低いとの結果が報告されている。とくに、喫煙や飲酒と関係の深い呼吸器、食道、膀胱のがんに上る死亡率は著しく低い。


新生児の腸内細菌叢の変化

新生児の最初のウンチは大事だが、腸内細菌叢の構成は、日常のさまざまな要因によって変化する。親からいいウンチをもらった人はもちろん、たとえ悪いウンチをもらった人も、腸内環境を変える努力は報われる。ご安心あれ!

人が健康なときは、腸内細菌叢では善玉菌の働きが高い。しかし、なんらかの原因でバランスが崩れて悪玉菌が優勢になると、私たちの健康はおびやかされてくる。


母乳育児とミルク育児の腸内細菌

さらにもう一つ、赤ちゃんの腸内細菌叢の変化について、興味深い研究かおる。生まれてから母乳やミルクを飲みはじめた赤ちゃんの腸内は、100%近くビフィズス菌で占められる。母乳やミルクのラクトースがえさになり、ビフィズス菌が増殖するからだ。

そこで、新米ママの関心は、何を飲ませるか1母乳か、ミルクか、または、混合乳か。母乳で育てられた赤ちゃんはミルクで育てられた赤ちゃんより、消化不良症や腸内感染症、かぜにかかりにくく、たとえかかっても死亡率がきわめて低いことが早くからあきらかにされている。母乳、とくに初乳には、感染を防御する物質があり、重要な働きをすることがあることもあきらかだ。

では、赤ちゃんが何を飲むかによって1 内細菌叢に違いはあるのだろうか。

母乳で育てられた赤ちゃんのウンチは、卵黄色でにおいが少ない。一方、ミルクで育てられた赤ちゃんのウンチは黄褐色で、母乳の赤ちゃんにくらべて強いにおいをもっている。ウッチのかたさや酸度、排便の回数も違う。腸内細菌叢を調べると、母乳、ミルクのどちらで育てられた赤ちゃんも、同じようにビフィズス菌が優勢になる。しかし、それ以外の菌はどうだろうか。


母親の腸内細菌から感染する

自然分娩ならば、母親のウンチとともに産声をあげることもある。最初に出会うウンチが、その人の一生の腸内環境を決定づけるともいえる報告がなされている。「そんなパカな」と思うかもしれないが、まあ、聞いてほしい。

2002年の八月。私あてに、フィンランドからあるものが送られてきた。それはマイナス80度で冷凍された白い箱だった。中にあったのは、九〇組の母親と生後3ヵ月の乳児のウンチ。母親の腸内細菌の子どもへの伝播(感染)を調べたかった私にとって、のどから手が出るほどほしかったものだった。ひと足もふた足も早いサンタの国からのクリスマスプレゼントー 気分は最高だった。

ウキウキしながら、フィンランド母子のウンチの解析をはじめた。もちろん、分子生物学的手法によってだ。調べた菌は、母親と新生児のウンチの中のビフィズス菌の六つの菌種(ロングム、インファンティス、ブレーペ、ビフィダム、アドレッセンティス、カテナルートム)だった。そして得た結果は、これもまたプレゼント同様、私を驚かせてくれた。結果は、予想を超えたものだったのだ。

75%もの母親と新生児が、共通の菌種をもっていた。そのうち、共通した菌が一種類の母子は70%、2種類が20%、三種類が10%だった。子供は、母親のウンチや産道、生まれたあとの母親との接触によって、ビフィズス菌を受け継いでいることが証明されたのだ。

母親由来の細菌が子どもに感染することは、すでに動物実験では知られていた。アメリカのロックフェラー研究所のデュボス博士は、帝王切開で生まれたマウスのほうが、白然分娩で生まれたマウスよりも成育がいいとの結果を出している。これは、親マウスがもっている腸内細菌に感染しなかったからだと考えられた。親マウスの腸内で悪玉菌が優勢であれば、生まれた子どもは、悪玉優勢の腸内環境になる可能性が高い。もちろん、出生後のえさによつて腸内環境を変えることも可能だが、生まれ落ちた瞬間に感染した腸内細菌叢に左右される傾向かあると考えられていたのだ。


年齢によって変わる腸内環境

健康な成人の便には1グラムあたり一兆個、500種類以上の細菌が存在する。一つひとつは目に見えない菌でも、人間の健康にさまざまな影響をおよぼしている。これらの細菌は、それぞれの種類ごとに集団を形成して腸内にすみついていることから、腸内細菌叢、あるいは、腸内フローラと呼ばれてきた。ちなみに、叢とは草むら、フローラはお花畑の意味だ。

腸内フローラの研究は、一九六〇年代から70年代にかけて、日本で本格的にスタートし、その分類と生態、およびその機能について、東大名誉教授・光岡知足博士のグループは数多くの成果を残してきた。

これまで、大腸内の細菌の集合体を植物の群落になぞらえて、腸内フロよフと呼んできた。しかし、フローラが植物叢をさすことや、最新の分析法によって大腸内の細菌類が一人ひとりかなり違っていることなどから、最近では、腸内フローラを、「マイクロビオータ」と呼ぶようになってきている。今までいわれていたような、腸内を草むらやお花畑としてたとえ、そのようすがどのように変わるのか、というとらえ方から、一人ひとりの腸内の細菌の機能をミクロなレベルで、しかもかたまりとしてとらえていく流れるためだ。

腸内細菌叢が変化する要因は、人によってさまざまだが、年齢や食生活などによる傾向がみられる。

まず、年齢による傾向をみてみよう。

ヒトの大腸には、胎内にいる生まれる前から細菌がいるわけではない。無菌状態で生まれ、その後、腸内に細菌がすみつき、年齢とともに種類や優勢になる細菌の割合が変化していく。

生まれ落ちた直後は悪玉菌が多く、その後、母乳やミルクを飲みはじめるとビフィズス菌が超優勢となり、離乳を境にして腸内細菌の数も種類も増え、老年期になると、善玉菌が減って悪玉菌が増えるといったパターンがみられる。

母親の胎内に10ヵ月間いて無菌状態だった赤ちゃんは、最初に母親のウンチの洗礼を受ける。母親の細菌の感染だ。その洗礼の重大さについては次に紹介するとして、上まれ落ちるとすぐ、腸をはじめとする消化管、皮膚や気道など、さまざまなところに細菌がすみつきはじめる。


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