大腸に生息する細菌の数は、1兆個、500種類もある!
まず、あきらかになったのは、大腸内に生息する細菌の数だ。ふん便中には、一グラムあたり10の12乗個、つまり一兆個の腸内細菌がすんでいることがわかった。種類は500種類。これは現時点での数だから、その倍は存在すると予測する研究者もいる。
こんな数字を並べられてもピンとこないかもしれないが、「腸内細菌全体の重さは、1.5キログラム」と聞いたら、その多さに驚くだろう。肉や脂肪ではなく、目には見えない小さな小さな細菌が、1.5キログラムもお腹の中にいるのだ。その重さを思えば、どれだけの数になるのか気が遠くなるほどだ。その気が遠くなるにどの数が、一兆個というわけだ。1.5キログラム、一兆個の細菌がすんでいる私たちの大腸……。そう考えると、ちょっと出はしめたお腹をまじましと見つめてしまうのではないか。
腸内細菌とは、名前のごとく腸内にいる細菌だ。一九世紀半ばに、ウィーン大学の小児科教授T・エシェリッヒが最初に大腸菌を発見し、大腸にはエンテロパクテリア「腸の悍菌」、エンテロコッカス「腸の球菌」がいると発表した。大腸菌はエシェリキア・コリと呼ばれているが、これはエシェリッヒ教授の名からきている。
微生物学では、目にみえない微上物をみえるようにすることが大切なポイントだ。ここで簡単に、みえない世界をみえるようにしてきた経過を紹介しよう。20世紀初頭、ドイツの学者コッホは寒天培地を作製し、その培地上に菌を含むサンプルを塗って、菌が発育してみえてくることを発見した。一つの菌が増殖してその菌だけで目にみえる集落(コロニー)をつくるのだ。その菌に赤やブルーの色をつけて、顕微鏡下で1000倍から2500倍ぐらいの倍率で観察すると、棒状の押菌か、球体の菌か、菌の形態がわかる。
また、プラム染色という染色法で、赤く染まる微上物と青く染まる微生物を区分する。赤く染まるのがブラム陰性菌で、青く染まるのがグラム陽性菌だ。そこで、形状とプラム染色による4つの組み合わせで、おおよその菌の同定、つまり名前あてが可能になった。そうして、私たちの腸内には、グラム陽性悍菌、プラム陽性球菌、グラム陰性秤菌、グラム陰性球菌がいることがわかった。
1950年代以降、嫌気性培養法による腸内細菌の解析が発展した。それまで大腸菌や腸球菜の死骸と考えられていた腸内細菌の大部分が、生きた嫌気性菌、つまり、酸累加あると生育できない菌であることがわかった。それによって、腸内細菌叢の菌群(菌属)の構成が一部あきらかとなり、入の健康、老化、病気との関係が研究さればしめた。
さらに、80年代に分子生物学的手法が開発され、腸内細菌の研究にも少しずつ用いられはじめた。90年代半ばになって、これまで培養困難であった細菌を含む腸内細菌万全本像を把握ずる技術が展開されて、全貌がわかるようになったのだ。
分子上物学的な手法による腸内細菌の解析の特色は、大きくいって2つある。1つ目は、今まで培養困難だったために、その存在があきらかでなかった細菌の存在をあきらかにしたこと。2つ目は、細菌を菌群、菌種、菌株レベルで定量的に、かつ迅速に、再現性をもって特定できるようになったことだ。
細菌の存在をあきらかにした一つ目の特色は、たとえで説明すると、漁法の変革のようなものだ。
それは一本釣りからトロール漁法への変革とでもいえようか。培養法の時代には、あるえさをつけて、そのえさだけを食べる魚を一本釣りしていた。かつおだけが上く釣れれば、そこは「かつおの漁場」といわれた。しかし、かつお以外の魚がいるかどうかはわからなかった。そこで、その一帯の海をトロール漁法で、根こそぎさらってみたのが、分子上物学的手法だ。トロール漁法で網にかかってくる魚の種類は、それまで想像すらできなかった多さごった。今までかつおしかとれなかった海には、たいもいわしもたこもいることがわかったということだ。
あまりに子どもじみたたとえだと笑わないでほしい。実際に、一つひとつ細菌を培養して分析するという「一本釣り」をしていた私には、あまりにぴったりすぎるくらいのたとえであり、今から思えば、 本釣りの苦労がなつかしくもあり、費やした時間の長さをしみじみ思い返してしまうのだ。
さらに、分子生物学的手法は、根こそぎつかまえたさまざまな魚の種類を迅速に、かつ定量的に特定することを可能にした。細菌を名づけるさいには、菌属(菌群)、菌種、菌株を併記する。菌属を日本入とすれば、菌種は大阪府民、菌株は辨野義己というように、区分けのレベルをせばめていくといっていい。
以前の培養法の時代にも、培養できる菌であれば、菌株の特定までできるものもあった。
たとえば最近、テレビのCMでも耳にする乳酸菌の「ラクトパチルス・カゼイ・シロク」がそれである。これは、菌属かラクトパチルス、菌種がカゼイ、菌株がシロタという種類の乳酸菌を示している。技術的には、培養できる菌に対しては菌株レベルまで細菌を同定することができたのだ。
今までは、腸内細菌叢の全体の様相がわがらなかったために、菌属・菌種・菌株の関連を明確にすることができなかった。しかし、場内細菌のDNA配列を分析することで、菌株レベルまで特定していく分子上物学的手法は、菌同上を系統的に関連づける解析に成功した。しかも迅速に、かつ定量的に、さらに誰がやっても再現できるようにしたのだ。
- 環境によって変わる腸内細菌
細菌といわれると、私たちはまず、有用菌なのか、有害菌なのか、どちらの性質をもつ菌なのかと分類したくなる。たとえば、酒をつくるのに有用な菌は、ラクトパチルスーサケ、焼酎をつくるのにはラクトパチルスーショウチュウなどと、細菌の名を機能の特徴から特定してきた。細菌を「いいやつ」と「悪いやつ」、有用か有害かの二つに分類しようと考えてしまう。 - 個人の腸内細菌プロファイル
1500個のビーズからなるI本の紐が、ある一つの腸内細菌と考えられる。そうした紐がヒトの大腸内には、数えきれないほどある。それらを全部あわせて、一人ひとりの腸内細菌叢全体が、どのようなパターンになるかをあらわしたものが、「腸内細菌プロファイル」だ。 - 一人ひとりの細菌パターンの検索
腸内細菌叢の構成は、非常に個体差が強かった。日本人が一億2000万人いれば一億2000万とおりといってもいいばど、一人ひとりの腸内細菌叢の構成には差がある