腸内細菌

環境によって変わる腸内細菌

では、腸内細菌叢の全容が解明されてわかってきた微生物の世界から、私たちは何を読みとることができるだろうか。

細菌といわれると、私たちはまず、有用菌なのか、有害菌なのか、どちらの性質をもつ菌なのかと分類したくなる。たとえば、酒をつくるのに有用な菌は、ラクトパチルスーサケ、焼酎をつくるのにはラクトパチルスーショウチュウなどと、細菌の名を機能の特徴から特定してきた。細菌を「いいやつ」と「悪いやつ」、有用か有害かの二つに分類しようと考えてしまう。

無菌状態であれば1.5倍寿命がのびるわけだから、基本的には、腸内細菌は有害だ。けれども、私たちは腸内細菌なしには生きられない。よく、善玉・悪玉といわれるが、有害と思われる細菌も、環境が変われば有用な菌に変わり、あるいは、病原細菌でも、特定の酵素を利用して有用菌になることもある。環境によって、有用・有害が論じられるのであって、その菌だけを取り出して、有用・有害と決めつけることはできない。善玉菌といわれるビフィズス菌だって、病巣から出てくる菌もある。乳酸梓菌でも、歯から入って心臓に疾患をおこす菌もいる。微生物は、有用な面と有害な面を両方もち合わせている。また、よい働きもしないが、害にもならない中間的な菌もある。

たとえばA菌がB菌と結びつくと、A菌は有用に働くが、C菌と結びつくと有害な作用をおよぼす。菌の性状は変わらないが、細菌のおかれた環境によって、もっている機能が変わる。微生物をより遺伝子レペルでとらえると、環境によって徹生物のもっている機能の発現が異なることがわかってきたのだ。

分子上物学的な手法を用いて、培養できる菌と培養困難な菌が存在することが明確になったが、培養できない菌とは、どのようなことを意味しているのだろうか。細菌を培養する培地は、体内で菌が育つ条件と同じわけではない。

また、培養困難な菌が多いということは、細菌の上育が培地の条件だけに上っているわけではないことを意味している。たとえば、A菌とB菌が共存できない関係にあれば、A菌にとって上育の条件がどんなに整っている培地でも、B菌があればA菌は生きられない。

逆に、A菌はB菌がいなければ上育できないとしたら、A菌が培養できないのは、培地のせいではなく、A菌が依存するB菌の存在が欠けていること、つまり、A菌とB菌の関係の欠如が原因と考えられる。単一の菌の種類を同定するだけでなく、大腸菌の紐菌をかたまりとしてとらえ、その関係を調べなければ、腸内細菌叢の世界は理解できないと思う。

今までの腸内細菌叢の研究は、分類学を背景にして、徹生物の生態をとらえることがおもだったが、これからは、腸内で細菌がどのような機能を発揮しているか、その条件を解明する研究が求められる。菌同士や、腸内の環境の変化で、細菌の機能がどのようになるかを調べていくということだ。腸内細菌をパターンとしてとらえ、その上態の変化を調べることが求められるのだ。

以上が腸内細菌に対しての見方だが、やはり細菌には、善玉菌と悪玉菌、中間的な菌がある。現在わかっているレペルでの、その代表的な菌を簡単にご紹介しておこう。 


個人の腸内細菌プロファイル

1500個のビーズからなるI本の紐が、ある一つの腸内細菌と考えられる。そうした紐がヒトの大腸内には、数えきれないほどある。それらを全部あわせて、一人ひとりの腸内細菌叢全体が、どのようなパターンになるかをあらわしたものが、「腸内細菌プロファイル」だ。

上の二つの波形のパターンをみてほしい。これは、TIRFLP法によって得られた健康な成人男性の腸内細菌の多様性解析パターンだ。こうしたパターンを、「腸内細菌プロファイル」と呼んでいる。HhaとMspという2つの制限酵素によって、腸内細菌の特定のDNAを切り取り、その断片の分布量を調べる。縦軸は、制限酵素で切られた塩基の相対的な量を蛍光強度であらわし、横軸は塩基数をあらわしている。

ピークのパターンは、一人ひとり違う。ピークの違いは、大腸内に存在する細菌の構成が違うことを示している。同じ人でも、年齢や腸内の環境、病気であるかどうかに上ってもパターンは変わってくる。ピークが出る位置と、腸内細菌の種類が対応しているわけではないが、現在のところ、塩基配列の一一〇〇のところに出るピークはクロストリジウムを、三五〇あたりはビフィズス菌と考えられている。


一人ひとりの細菌パターンの検索

そこで、分子生物学的手法について、90年代後半から最新の現状まで簡単に紹介しておこまず、腸内細菌叢の全体像を知るのに欠かせないのは、16SリボソームDNAクローンライブラリー法だ。

これは、ふん便から腸内細菌由来の遺伝子のDNA(デオキシリボ核酸)を取り出し、その塩基配列から、16SリボソームDNAを検出して細菌の関係を調べ、系統樹をつくる方法だ。500~600の塩基配列を調ぺて系統樹をつくってみると、今まで培養可能だった菌種(群)の基準株の配列があきらかになる。さらに、その配列から分離したDNAが既存種か、まったく解析されたことのない菌群(菌株)であるかがわかる。

具体的には、まず健康な日本人男性三人からウンチをいただき、そこから744のクローツ(DNA)を抽出した。この中の二五%は、今までに発見されていた三一種の菌種だったが、残りの75%は、今までに発見されたことのなかった九九菌種(群)であることがわかった。つまり、八割近い腸内細菌が、DNAからしかわからなかったのだ。

さらに驚いたことに、腸内細菌叢の構成は、非常に個体差が強かった。日本人が一億2000万人いれば一億2000万とおりといってもいいばど、一人ひとりの腸内細菌叢の構成には差がある。その人が生まれついた環境、食生活や運動などを含めた現在の環境などによって、腸内細菌叢の構成が違ってくる。

培養法の時代は、バクテロイデス、嫌気性球菌、ユーパクテリウム、ビフィズス菌の四つの菌群が優勢で安定していれば、健康だと説明してきたから、一人ひとりの顔が違うように、一人ひとりの腸内細菌叢が違うとは、正直、驚きをかくしえなかった。

腸内細菌の遺伝子のDNAを解析する方法は、大きく分けて5つある。

  1. PCR法
  2. 定量PCR法
  3. F1SH法
  4. DGGE/TGGE法
  5. T-RFLP法

それぞれの解析方法には特徴がある。

①PCR法や②定量PCR法、③FISH法は、菌種・菌群を解析するのに適している。

④DGGE/TGGE法は、単純な微上物のほとんどすぺてを解析できる。

⑤TIRFLP法は、複雑な細菌叢を数値として把握し、遺伝子を全自動解析するシステムによって短時間で解析できる。さらに、それを自動的にデータペース化するという手法だ。

私たちは、T‐RFLP法を腸内細菌叢の分析に応用したことで、画期的な効果を得ることができた。


寿命と健康をコントロールする腸内細菌

腸内細菌の機能があきらかにされてきた背景には、分析法の飛躍的な発展のほかに、もうひとつ、無菌動物の開発があった。無菌動物とは、マウス、ラット、ミニブクなどを帝王切開で母親の体から無菌状態で取り出して、ビニールアイソレーター内で授乳し、腸に細菌がいない状態で育てられた動物だ。

1970年代に、細菌に汚染されると死亡してしまうような免疫不全症候群の患者のために、”アイソレーター”という無菌0部屋がつくられ、コー年間、無菌の部屋で上存した患者がいたそうだ。人工的に、腸内を含めて、まったく細菌がいない状態で育てることができるのだ。

無菌動物と通常動物を同じ条件で上育したところ、驚くべき違いがあった。寿命の差だ。無菌動物のほうが通常動物よりも、なんとI・五倍長上さしたのだ。これは一九60年代にアメリカのゴードンが発表した結果だが、マウスでは四~五週ほど長上さした。入間でいうと、五年から6年の差かおることになる。さらに、通常動物ではメスのほうが寿命が長いが、無菌動物ではオスのほうが長上きたった。

生体内に微生物がいるといないとで、これほど寿命に差がでるとは、驚くべき事実だ。この結果を人開にあてはめれば、人間も無菌状態なら平均寿命80歳のところ、120歳まで生きるということになる。つまり、腸内細菌は寿命と健康をコントロールしていることを意味しているのだ。


細菌分析方法の飛躍的な発展

具体的な解析法の発展の経過を、私の経験からお話ししたい。

これまでの腸内細菌の研究では、細菌を寒天培地に培養し、繁殖した徹生物の菌数を一つひとつ数えて、その種類と数を調べていた。五年ほど前まで、私も微上物が培養されたシャーレをにらんで、一日、何千、何万というコロニー(培養された菌の点々)を数えていたものだ。コロニーを数える方法は、職人芸に近い技であり、腸内細菌の研究者には、まず、根気と体力が要求されたといってもいい。私は20代の青春時代を腸内細菌とともにすごした。なんとも色気のない話だと振り返ってしまうが、それ以後の研究で展開していったワクワク、ドキドキする経験は、恋愛に匹敵するものだったと今でも思っている。

私か腸内細菌相手に、シャーレとにらめっこしていたころの分析方法は、培養法たった。細菌の培養とひと言でいっても、菌が繁殖できる培地を入工的につくることは並大抵ではない。東京大学名誉教授(理化学研究所名誉研究員)で私のもとボスである光岡知足博土は、10の11乗個の細菌の培養を独学でやってきた。しかも、光岡博十の培養は、すべて自分で考え出した培地を使っている。これはすごいことだ。なぜなら、一つひとつの細菌が、どの上うな培地でもっともよく上息するか、かいもく見当がつかないので、一つひとつをためしてみなければならなかったからだ。

光岡博士は試行錯誤のすえ、約ニニ種類の寒天培地を用いて、大腸内の20~30%の細菌の培養に成功した。そして、まったく新しい高度嫌気性菌培養装置「プレートーインーボトル法」を開発したのだ。

その細菌培養の研究とテクニックは、今でも日本が世界に誇れる成果だ。そうした努力があったからこそ、腸内細菌の研究は花開いたといえる。しかし、その方法で培養できた腸内細菌は、われわれの成績では、全体の20~30%。確定できた腸内細菌は、全体の10%でしかなかったのだ。

当時、私は光岡博士のもとで仕事をしていた。乳児・成人をはじめ、長寿村のお年より、食事のほとんどが芋類であるパプアニューギュア人などの腸内細菌を調べたものだ。現地を訪ねて、ウンチをいただいてはすぐに研究所に持ち帰り、それを一つひとつ培養し、出てくるコロニーをスケッチし、40もの性状検査を行って細菌を特定した。菌の植え付けから、使った試験管の洗浄、菌の分析まで、すべて一人でこなした。まるで、材料の調達から仕込み、調理、盛り付け、品書き、接待まで一人でこなす料理人のようだった。

そのようにして、五年間で4万5000の菌株のうち三万株の菌種を特定し、語られることのなかった腸内細菌の種類や、その機能を解明することができた。病気と腸内細菌の関係を直接には解明はできないものの、培養できる乳酸菌やビフィズス菌が増えると、「健康が保てますよ」と効果をうたえる成果は得たのだ。


大腸に生息する細菌の数は、1兆個、500種類もある!

まず、あきらかになったのは、大腸内に生息する細菌の数だ。ふん便中には、一グラムあたり10の12乗個、つまり一兆個の腸内細菌がすんでいることがわかった。種類は500種類。これは現時点での数だから、その倍は存在すると予測する研究者もいる。

こんな数字を並べられてもピンとこないかもしれないが、「腸内細菌全体の重さは、1.5キログラム」と聞いたら、その多さに驚くだろう。肉や脂肪ではなく、目には見えない小さな小さな細菌が、1.5キログラムもお腹の中にいるのだ。その重さを思えば、どれだけの数になるのか気が遠くなるほどだ。その気が遠くなるにどの数が、一兆個というわけだ。1.5キログラム、一兆個の細菌がすんでいる私たちの大腸……。そう考えると、ちょっと出はしめたお腹をまじましと見つめてしまうのではないか。

腸内細菌とは、名前のごとく腸内にいる細菌だ。一九世紀半ばに、ウィーン大学の小児科教授T・エシェリッヒが最初に大腸菌を発見し、大腸にはエンテロパクテリア「腸の悍菌」、エンテロコッカス「腸の球菌」がいると発表した。大腸菌はエシェリキア・コリと呼ばれているが、これはエシェリッヒ教授の名からきている。

微生物学では、目にみえない微上物をみえるようにすることが大切なポイントだ。ここで簡単に、みえない世界をみえるようにしてきた経過を紹介しよう。20世紀初頭、ドイツの学者コッホは寒天培地を作製し、その培地上に菌を含むサンプルを塗って、菌が発育してみえてくることを発見した。一つの菌が増殖してその菌だけで目にみえる集落(コロニー)をつくるのだ。その菌に赤やブルーの色をつけて、顕微鏡下で1000倍から2500倍ぐらいの倍率で観察すると、棒状の押菌か、球体の菌か、菌の形態がわかる。

また、プラム染色という染色法で、赤く染まる微上物と青く染まる微生物を区分する。赤く染まるのがブラム陰性菌で、青く染まるのがグラム陽性菌だ。そこで、形状とプラム染色による4つの組み合わせで、おおよその菌の同定、つまり名前あてが可能になった。そうして、私たちの腸内には、グラム陽性悍菌、プラム陽性球菌、グラム陰性秤菌、グラム陰性球菌がいることがわかった。

1950年代以降、嫌気性培養法による腸内細菌の解析が発展した。それまで大腸菌や腸球菜の死骸と考えられていた腸内細菌の大部分が、生きた嫌気性菌、つまり、酸累加あると生育できない菌であることがわかった。それによって、腸内細菌叢の菌群(菌属)の構成が一部あきらかとなり、入の健康、老化、病気との関係が研究さればしめた。 


腸内細菌叢の全容がわかった

腸年齢チェックは、いかがだったろうか。実年齢よりも若かったか、年をとっていたか。一喜一憂されたかもしれない。そこでなぜ、腸年齢の老化が問題になったのか、その背景をお話しましょう。

まず、腸内細菌といわれたら、何を思い浮かべるだろうか。

「乳酸菌だろう。ヨーグルトや乳酸菌飲料の名前ぐらいはいくつかあがるな。ド痢をおこす大腸菌、いや、ビフィズス菌もあったぞ」

と、いわれるかもしれない。

「最近、悪玉菌や善玉菌もいわれているな」

しかし、それ以上の名前といっても、思い浮かばないのが普通だろう。

最近いかれはしめた「ブロパイオティクス」や機能性乳酸菌などを知っているとしたら、あなたはもう、腸内細菌情報通ともいえる。とはいえ、腸内細菌に対する一般的な認識は、今なお、乳酸菌とビフィズス菌ぐらいのものだろう。

私はこの30年来、腸内細菌の研究をしてきたが、ほんの少し前までは、専門分野が違えば研究者からさえ、「腸内細菌で新しレ発見があるのですか」などと、真顔でたずねられたものだった。専門家のあいだでさえ、「腸内細菌の構成に関する研究はやりつくしたもの」とうのが、一般的な認識だったのだ。 


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